Darlene Keju Story

今年、Darlene Kejuの伝記本"Don't Ever Whisper"が出版されました。何をした人なのか簡単にまとめてみました。

Darlene(ダーリンと発音)の功績は大きく2つあります。

1.Sharing her life story with people in the world

1983年7月にバンクーバーにて行われたAssembly of the World Council of ChurchesでのDarleneのマーシャルでのライフストーリーのスピーチです。水爆実験の悲劇、敵がいないのにクワジェリン基地がなぜあるのかの矛盾などが語られています。

このスピーチは同年6月にCompact of Free AssociationとしてKabua大統領と15年間に渡る米国からの基金の支払いをとりまとめたばかりのZeder大使を激怒させました。

2.Youth lead Youth in Health

1980年代の中頃に、マーシャルの年間人口増加率が4%以上増え、25歳以下が70%に達しました。その背景のもとYouth to Youth in Health (YTYIH)プログラムがDarleneによって1986年に作られました。1989年にNGOとなり海外の教会から寄付により運営されています。1992年に保健省MOHにDivision of Adolescent Healthが設立されてからDarleneの給与のみMOHから支給されました。

マーシャルの若者に対して家族計画のメッセージをマーシャル語で、歌、ダンス、寸劇を使って伝えます。YTYIHでは、Peer educationの手法をとっています。Peerとは同等という意味です。つまり、この場合、健康について(in Health)、若者達(=Youth)が若者達(=Youth)に教えるということ。だから、Youth to Youth in Healthという名前がついているのです。こうして活動を広げて行きました。

YTYIHの範囲は、初めは健康についてだけでしたが、その後、マーシャルの文化に誇りをもつこと、リーダーシップをとるためのスキルを教えることも加えられました。女性の社会進出にも貢献しました。

Darlene は癌により1996年45歳で他界しました。Wotje環礁で子供のころCastle実験により被爆した可能性があります。

ご主人は"Don't Ever Whisper"の著者であり、Marshall Island Journalの編集長のGiff Johnson。現在はDarleneのいとこと再婚。