ロンゲラップ島の悲劇

1954年3月1日のビキニ環礁での水爆実験から60年近くがたちます。

今朝のNHK worldでのニュースで取り上げられました。

ビキニ環礁の住民は避難しましたが、200kmの風下にあるロンゲラップ島の人々はそこにいました。これが悲劇となりました。

先月の1月にメディカルエキスパートを含む調査団が日本より来て、ロンゲラップ島の除染を行った居住区の放射線レベルを測定して基準値を下回ったことを確認しました。

3年前に米国が既に安全宣言を行っており、住むための家も出来上がっています。

しかし、首都マジュロに避難して生活を続けている住民の身体と心の傷は深く、簡単には戻る決断ができないでいます。

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確証はまだありませんが、子孫にわたり今でも影響が出ている人々がいるということを仲間の隊員から聞きました。

暗い過去を振り返るだけでなく、今を正しく認識するという活動がもっと必要です。日本ならばそれができます。同じ問題を抱える国として。

3/1 Nuclear Victims Remembrance Day、マジュロにてイベント多数あり。